旧友に会えて
30年来の旧友に十数年ぶりに飛行機に乗り会ってきた。
6つ年上なので旧友と言うと烏滸がましく先輩と言うと距離感遠く、アニキと言えば舎弟が死んじまう香港ノワールみたいだ。彼とは一年のうち雪が降る日が9カ月もある異国の地で一年間同室で過ごしたので当時の言葉で言えばルームメイトと言えば良いか。今はシェアメイトと言うのか。なんだかどの言葉もしっくり来ないがまあいいさ話を続けよう。
不思議なものでたった80年くらいの人の一生の中で1年だけ供に生活した人と30年経っても繋がっている。その彼との出会いの日を今でも覚えている。
冬がまだ終わらない4月に、就職した企業のアパートメントへ先輩女性社員が送ってくれて2LDKの部屋に案内された。日本からの移動で疲れ部屋で休んでいると夜に彼が仕事を終え帰ってきた。誰の紹介も無くお互い名乗り合い、部屋のルールや生活のルール、街に二つあるスーパーの特徴など聞いた。初対面の印象は真面目でクールな印象だった。1995年の話だ。
赤の他人だった二人がある日共同生活を始める。それも仕事は一緒、部屋も一緒でまるで夫婦経営のワー〇マンや町の小売店みたいなもんだ。寝る時とトイレと風呂以外はずっと一緒だ。だから我々には恐ろしくたくさんの話す時間があった。何しろ外は恐ろしく寒いし娯楽と言えば日本語で書かれた小説と英語をしゃべり続けるテレビ、セクシーな相談コーナーがあるラジオ番組、もちろん音楽も流れる。ネットもYouTubeもSNSもサブスクもない、スマホも携帯電話さえないもんだからとにかく酒飲んでタバコ吸って気が向けば何時まででも話した。朝起きてさえ続きを話した。雪が降り続け積もるようにあの部屋には沢山の言葉が積もっていったと思う。
何を話していたか思い出してみよう。まずは映画、酒について、小説について、生い立ちや家族の事、生まれ育った故郷の事、音楽や演劇、彼の好きなNHL、旅、異性の事、人生哲学、倫理、政治、歴史などなどこの世の全ての事柄について話した。いや正しく言おう。彼から学んだ。彼から沢山を学んだ。だから彼は私の師匠なんだ。
旧友ではなく、師匠、先生だ。
十数年ぶりに会った30年来の師匠は多少の趣味や嗜好の変化はあったものの外見はほとんど変わらず元気だった。痛いとこも持病も無く、そしてやはりよく、話した。空港の到着ロビーから彼の運転する車内、博物館、紅葉と冬が混在する登山道、人気の観光地、飲食店の待ち時間、むろん居酒屋や土産物店、滞在してる間はずっと話した。もちろん私も話した。
沈黙を嫌う初デートのカップルやオタクが早口で話すのとは無論違う。昔話に花が咲くとも違う。我々は話すことで離れてしまった時間や距離を1995年に戻すように当時の関係に修正してゆくかのように沢山の話ができた。それは素晴らしい時間だった。
そんなの当たり前の事だろうって?そうさ、でもね、会いたい人には会っておこう。人生は長くてたった80年なんだ。
だからSNSじゃなく、メールじゃなく、会おう。
その彼が空港の到着ロビー最初に話した言葉
「ブログ(ここ)更新してないよ」
「ひと月1回まずはそこから。慣れたら二十四節季に1回更新しなよヌマちゃん」
ありがとうJさん。
